その3 パズルで食べる

山田
もっと極端な話、これは形になってますけど、あの「からくりパズルアイデアコンテスト」っていうのは、アイデアだけを送ってくれるじゃないですか。
岩原
ええ。
山田
つまり、形にするのは他人という。
これって、面白い形だなぁと思ってて、たぶん、どんな世界でもありえる。
えぢ
ものを作る技術がない人でも、アイデアだけっていう人、まぁ、いっぱいいるよね。
岩原
子供たちも含めて参加できる、っていう。
山田
そうですね。比較的それを具現化したのが、あの形なのかな。
岩原
うん。
山田
あれは、「からくり」というアウトプットでしょ。あそこまで一般的でなくても、こんな動きが面白いんじゃない?というアイデアだけはあって、本人はそれ以上何もないことがある。
それで、パズルを作ってきた人が、それ面白いアイデアだね、といって形にする。そんなつながりを作る場が設定できれば、もっと面白いな。
岩原
本格的なギミックを持ったパズルって、マイナスの面としては、最初から子供たちを排除しちゃうところもあって。こう開いたら楽しいなって、もっと気楽に 子供の方から接近できるのがコンテストの良さかなぁ。
山田
でも、パズルの商売としては、大変じゃないですか?
岩原
作るのはね(笑)。でも……
山田
でも?
岩原
いつもやっていることというか、作っている間は、全部が自分の実入りになるんで。
山田
そうか。
岩原
まぁ、それが職人になることとパズルで食べることの違いなのかな。
デザインだけする場合は収入が売上の数パーセント。でも、職人の場合、作っている時間は大変なんだけど、全体が稼ぎになるので、感覚は違うでしょうね。
山田
なるほど。
岩原
デザインだけの提供というと、数を売らないとダメなんでしょうけど、作るという労働はなくても収入になるという。そこが違いですね。
山田
どこでお金を生み出すか、ですよね。
岩原
そう。木工職人でパズルなり、からくりを作って大金持ち、というのは私もなってないんで(笑)、やっぱり難しいですよね。
一同
(笑)
岩原
自分で全部つくって、というのは、なかなか簡単なことじゃないですよ。食べていくだけが目標になりそう。
山田
でも、自分の心の楽しみは満たせている、というぐらいの。
岩原
まぁ、そうなりますかね。作りたいものを作る、ということには近づけますよ。
山田
そこらへんは、職人さんなのかもしれないな。
岩原
シビアですからね。一ヶ月で作るのか、二ヶ月で作るのか、全然ちがいますから。
山田
儲け半分と言うか、ね。
岩原
まぁ、旧作で、もう一回作っても売れるものがあれば、その作り方は確立しているわけで。
山田
そういうものは少ないんですか?
岩原
いや、そんなこともないですよ。
人気があって、もう一回作って売れると思えば、そこに開発費はかからないわけで、一般的には早くできる。ただ、新作は新作で待ってる人がいるから売れるけれども……
山田
創作しなきゃいけない。
岩原
ええ。開発がサッとできればいいんだけど、時間がかかって何回もやり直ししていると、どっちがいいんだろう?という。
山田
たとえばペースで言うと、一年で十個作ろうとか、自分の中にはある?
岩原
そんなにはいかないですね。
えぢ
なんか目標を決めてるんですか。
岩原
いや、私は目の前のことに追われているんで(笑)。
えぢ
(笑)
山田
結局はそうなるんだ。
岩原
年間のサイクルは、グループ活動があって、ファンクラブむけの作品があって、それから新作を年一回は作って。
山田
いわゆる、ノルマか(笑)。
岩原
まぁ、言ってしまえば、そういうことで(笑)、大きい展示会があったら、そこには新作を出したいとか、アイデアコンテストの企画をやっていると、その中で作る担当もあって。
山田
なるほど。
岩原
というので、いくつか埋まっていって、ときどき大きい仕事を受けると、もう一年埋まっちゃってたりしますね。
えぢ
いつも忙しい印象はあるなぁ。
岩原
とにかく作って形にしないと、誰もやってくれないので。
えぢ
でも「からくり企画」という会社を作って、ちゃんと組織になってて、イベントもある程度決まってて、企業体としてうまくやってるなと思うな。
山田
10年くらいですか?
岩原
えぇと……。とにかく、研究会ができてからは15年ですね。
からくり創作研究会は1999年、からくり企画は2005年の設立です。
山田
そこまで我慢することが必要なのかもしれない。我慢と言うと、変な言い方ですけども。
岩原
もっと昔、箱根の木工職人によっては、自分の作品を作ることがやりづらかったというか、木工所に入れば会社の製品を作るのが当たり前。とにかく、仕事を早く覚えて、手を動かすことが求められる。親方によっては、自分の作品を作りたいなんて言ったら……
山田
しばかれる(笑)。
岩原
まぁ(笑)、会社の利益にはならないという解釈ですね。
山田
寝る間も惜しんで、頑張って作って、発表すると。
岩原
いえ、それは独立しないとできない。で、独立するなんて言うと。
山田
なに言ってんねん、と(笑)。
岩原
自分で工場(こうば)を全部そろえると、かなりかかりますからね。
ま、うちの場合は、ちょっと特殊。ほとんどの人が、最初から新作を作らないといけないって言われるんです。それで良いデザインができないと、また自分で苦しむ。
山田
大変だ(笑)。
岩原
一つの職人の生き残り方ですよ。本当の職人だって、作家みたいなことというか、デザインもするわけですし。
(つづく)

えぢ ナガタ
2000年に「Pencil Case」でパズル作家としてデビューし、2008年より「パズラボ」をオープン。パズルを軸に多面的に活動中。

岩原 宏志
からくり箱の職人として、1999年より「からくり創作研究会」で活動中。独自の作風は国内のみならず海外でも評価されている。