6 それはある種のリスペクト
- 上原
- うちの妻には「パズルを10個買って、論文を1本書けると思えば、安いもんだ」って言ってるんだけど、説得力あるかな?
- 山田
- まぁ、実際に書けば大丈夫でしょう(笑)。
それにしても、上原さんの研究室を見ていて、比較的にロジカルというか、なんとなく置いてあるパズルにも色があることを感じますね。
- ――――
- たとえば、数理的でなくても、発想のみというか、ビックリさせるだけのようなパズルはお好きですか? それこそ、一発芸みたいなものとか。
- 上原
- その一発芸が面白かったら買っちゃうけど、それは数理とは別の意味だね。これウケる!とか、くだらねーとか思うと、すごく簡単なパズルでも買っちゃうときは買っちゃう。その答えが分かってても。だから、それはある種のリスペクトかもしれないね。
- ――――
- おぉ、なるほど。
- 上原
- でも、それは最近になってから。中高生とか大学生のときは簡単なパズルをバカにしたり、そういうきらいはあった気がする。
- 山田
- 答えを知ってるパズルは、もういいやって。
- 上原
- そうそう。難しいものの方が良いとか、そういうこと。なんか、偏った見方をしていた気がするな。それに比べて、今の方がパズルに対する許容力は増えたかもしれない。
- ――――
- 解きほぐされたというか、慣れてきたんですね。
- 上原
- やっぱり、最近になって作者の知り合いが増えたから、彼らの気持ちを汲んでるのかな。
そういえば以前、「ろくめんたイン」というパズルを買ったんですよ。それが解けなくって、何年も部屋に置いてたんだけど、ある日、誰が作ったパズルなのかを聞いたら、一発で解けたんだよね。だから、作者を知ることで変わってきたのかなって。
- 山田
- それって、どんなやつですか?
- 上原
- 立方体のあちこちに穴が開いてて、中に木をぜんぶ詰め込むやつなんだけど。
- 山田
- あぁ、はいはい。
- 上原
- おりゃーってやるんだけど……
- ――――
- まぁ、くわしいことは載せられませんけどね(笑)。
とにかく、NOBコレクションに触れたことで、結果的に変化が起きたと。
- 上原
- そうかもしれない。
- 山田
- ちょうどタイミングが相まって。
- 上原
- うん、タイミングがすごく良かったんだろうね。それは、すごく感じる。
- ――――
- 外から見ていると、どんどんジェネラリストになっている感じがします。
- 上原
- 本当?
- ――――
- はい。やっぱり、いろんなものを相手にしているから、そうなってくるのでしょうね。
- 上原
- うん、もう逃げ道ないな、って感じはする(笑)。
- 山田
- たしかに、わりとパズルを公平な目で見ている気がするな。
パズルに深い人ほど好きなパズルがあるから、いびつな気持ちが入るけども、上原さんは全体をなんとなく知っているわりに公平なイメージがある。そこら辺が面白い。
- 上原
- なるべく数理的に見ようという気持ちもあるんだけど、まぁ、それだけじゃないもんね。
- ――――
- 思い入れがなくなったというより、むしろ全部に思い入れが出るようになったというか。
- 上原
- うん。あと、やっぱりね、ジェリーさん*とか、あと……あの誰だっけ。
- * ジェリーさん …… アメリカのパズルコレクター、ジェリー・スローカム氏のこと。膨大なコレクションで知られ、2006年にインディアナ大学で常設の展示室をオープンさせた。
- 山田
- ジェームズ?
- 上原
- そう、ジェームズ・ダルゲティー*。ああいう人たちに話を聞いたりするとね……。
- * ジェームズ・ダルゲティー …… イギリスのパズルコレクター。やはりコレクション数は非常に多く、その一部を自身のウェブサイトで紹介している。
- 山田
- あのコレクション、見に行かれたんですか?
- 上原
- うん。三回ぐらい行ったかな。
- 山田
- え、そうなんですか(笑)。
- 上原
- このJAISTギャラリーを作る前に「あの二人のところには見学に行った方がいいんじゃないか」っていう話があって、お忍びで行ったんですよ。最初はジェリーさんだったかな。そのあと、機をあらためてジェームズさんのところへ行きました。
- ――――
- パズル界の二大コレクション。
- 上原
- 二年前に家族で世界一周したとき、イギリスへ行こうかって話になったわけ。ロンドンに行くなら、パズルショップに行かなきゃ絶対ダメ、って俺が言い出してね。パズル懇話会みたいな、ロンドンの集まりにまで出た。
- 山田
- あの、夜やるやつですよね。
- 上原
- そうそう。カムデン・タウンで酒飲みながらダラダラやってる、すごい楽しいやつだった(笑)。
ロンドンの人たちの家に泊めてもらったりしたあと、家族ごとジェームスさんの家に連れていってもらって、三日ぐらいお世話になったよ。
あそこの家には、けっこう親しみがあるっていうか、普通に泊めてもらってしまったな。
- 山田
- でかいんですよね。来い来いって、よく言われるんだけど。
- 上原
- すごい広いのよ、あの敷地が。地平線までって言うとなんだけど、向こうの山の稜線まで一軒も家がない。
その辺が自然保護地域で、そこに隣接した家はないらしいんだよね。鹿とかもいるらしいし、犬の散歩が桁違いで、すげー遠いよって(笑)。
- 山田
- わはは。
- 上原
- トレッキングじゃないかっていうくらい歩いたね。ただ、うちの妻は感激して、イギリスの生活って素敵だって言ってた。
- 山田
- うーん、あれが典型だと思ったら挫折しますよ(笑)。
- (つづく)
2016.9.9
上原 隆平(北陸先端科学技術大学院大学 情報科学系 教授)
キヤノン(株)、東京女子大学、駒沢大学を経て現在の職場へ来て12年。専門は理論計算機科学、特にアルゴリズムや計算量。パズルや折り紙の難しさを理論計算機科学の観点から研究している。
→ 上原さんのウェブサイト
山田 力志(ASOBIDEA 代表・パズルコーディネーター)
名古屋大学教員を経て、ASOBIDEAを設立。生物学の研究者の顔を持ちながら、パズル創作から映画脚本まで手がけるクリエーターでもある。
→ 個人のウェブサイト